里山暮らしのススメ

レポート
蕎麦と旬料理のお店を営む|ろあん松田

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篠山市、集落丸山の谷あいに1軒のお店があります。ご一家で蕎麦屋「ろあん松田」を営んでおられる松田さん。村の方のお話によると、350年ぶりの新しい住民だったとか。松田さんご家族に集落の生活についてお話をお伺いしました。
 

 ここ集落丸山にお店を出そう、移り住もうと思われたきっかけを教えてください。

roan01.jpg(妻:敬子さん)

知り合いの方に「あそこに空地があるよ」と教えてもらったのがきっかけで今の家のことを知りました。一目みて私はここがいいなあ!と思いました。立地条件を考えるとお商売になりそうにはなかったですけど、植林でなく雑木林に囲まれているこの場所が好きになりました。でも家主が分からなかったので、集落の家を一軒づつ、玄関のピンポンを押して訪ねて歩きました。ここで蕎麦屋をやりたいと言うと「こんな人の来ないところで続けられない、やめときなさい」と周囲の人にも集落の方にも言われました。それでも私たちがお願いにいくので、地主さんが「そんなに熱心なら村の人が全員OKしてくれたら家を貸しましょう。」と言ってくださいました。村の常会に出席して、みなさんとお話する機会を設けてくださって今のところにお店をオープンできました。地主さんが事前に村の人に話をしてくださって会合を準備してくださったと思うととても有難いことです。

(夫:文武さん)

篠山は京阪神から近い割に自然環境が良い、けど人通りが少ない。ここでお店を出すからには、最高のものを使って来てもらった人に喜んでもらい、また足を運んでもらいたいという思いでやってきました。丸山は季節感を感じられる良いところ。こういう立地ですから他店との比較や競争心なく、純粋に自分の仕事に打ち込めます。そして来てくださった人に心から「ありがとう」と言えますね。

(敬子さん)

うちは完全予約制の蕎麦屋なので、集落に知らない車が入るとそれはほとんどうちのお客様です。だから村の人にとっては「あ、今日も「ろあん」さんとこに車が入ってきたな」と分かるんです。そういう時に、集落の人がまるで自分の家のお客様のように「いらっしゃいませ」と曲がり角のカーブの所に座って出迎えてくださることがありました。ある冬の日、丸山地区から急に雪が深くなって、お客様の車が立ち往生しているときがあったようなんです。ノーマルタイヤだから、運転が難しく、お店までたどり着けそうにない。そのときに集落のおばあさんがお客様に「あんたら、ここに車をここに置いて歩いていったらいい。長靴を貸してあげよう、歩いてお行き。」と声をかけられたそうです。お客様がご来店になった姿を見て、「まあ!お車は?長靴は?」と聞いたところ、そんなことがあったと知りました。別の日もお客様に「集落の入り口にいらっしゃるおばあちゃんはご親戚の方ですか?」と聞かれて「いえいえ、村の方です」と答えたら驚いておられました。そのおばあちゃんがいつも「ろあん松田はこの奥です、どうぞ、ようこそここまで来てくれました。」と、ご挨拶してくださっていたようなんです。集落の入り口が「ろあん松田」の玄関のよう。私達のお客様を集落のお客様のように迎えてくださっているのを聞いて本当に嬉しかったです。
 

 村のおつきあいはいかがですか?

roan02.jpg(敬子さん)

ここ丸山の人のお付き合いは、田舎のイメージと違って都会的だと感じます。村の用事には色々なことがあるんですが、例えば農業のことだったら「松田さんは農業じゃなくてお商売をしてはるんやから、この村用には出て来なくてもいいですよ、村のすべてのことにお付き合いしなくてよいですよ」、と言ってくださいます。来たばかりの頃、お葬式がありました。私はどうしよう、と不安になりました。ここのお作法や風習が分からないから「とにかく来ました、教えてください」と言いました。そしたら「松田さんには松田さんのやり方があるはず、この村ではこうするもんやけど、松田さんができること・心からしてあげたい思うことをしてあげてください」と言われ、とても驚きました。
 

 決まりや伝統を守ることよりも、「心」に従ってできることを自分で考えて行動するというのは逆に難しい、深いことですね!

(文武さん)

そうやね、集落ではある日、突然「ボンっ!」と玄関に白菜が置いてある。私らからしたら「これ置いてくれたの、誰やろ?早く何かお礼をせねば」と考えてしまう。でも村の人に「この白菜、誰が置いたか知りませんか?お礼がしたいんです。」そう聞いても誰なのか分からない。そしたらある方が教えてくれました。「こんなことでお礼言わんでええんや。こうでもせんかったら畑に放って捨てる白菜や。お返しなんかせんでええ。『ありがとう』そう思ったらそれでええ」。都会では、何かもらったらモノで返すのが当たり前になってます。でもここは違う。心から「ありがとう」そう気持ちよく思うことがお付き合いなんやね。

(敬子さん)

田舎暮らしは都会のお付き合いをそのまま持ってきたらダメだと思います、「自分が、自分が」はダメ。集落の人は言葉は少ないかもしれませんが思いやりがあります。だからこそお互いにコミュニケーションを取っていくことが大切だと思います。例えば、以前お世話になった方に「おばあちゃん」、と呼びかけたら「私には梅子という名前があります!」と言われました。田舎の人、田舎の誰かじゃなく、人と人とのお付き合いが大切だと思いました。
 

 鮎美さんと慎之介さんにお伺いします。ここに引っ越してきたとき、当時子どもとして移住についてどんなご意見でしたか?

(慎之介さん)

初めてここに連れて来られた時、「えっ?!何もないやん、草ぼうぼうやん!」って思いました。父が向こうを指さして「あの辺までうちやから」と言われてもピンと来ないほど。

(鮎美さん)

私は「こんな谷の奥で、学校はどうなるん?」と思いました。行きは良いけど帰りは恐い!そういう私に母が「大丈夫、前の家より近くなったやんか」って。確かに距離は近くなったけど、こんな山の中は...。でも田舎暮らしに抵抗はなかったです。前の家も田舎だったから。
 

 今はご家族でお店をされていらっしゃいますね。お子さんが2人ともご両親と同じ道を選ぶ、そして一緒に働くというのはとても珍しいと思うのですが。何かきっかけがあったのですが?

(文武さん)

roan04.jpgこんなことになるなんて思ってもみませんでしたよ!慎之介なんか高野山で坊さんしてたんですから。この道に入るとき慎之介から「お願いします」と挨拶されて「しゃあないな、やるか」と答えました。鮎美の場合は...、もっとすごかった。当時パン屋になりたいと言って1か月フランスに行って、やっと帰国したと思ったら迎えにいった空港のロビーで開口一番「私、やっぱパンやめるわ!」と言われて、なんや「ただいま」より先に言われても親としては何しにフランスに行っとったんや?という感じでしょう?あのときはさすがの私もびっくりしました。

(鮎美さん)

そうやったなあ。パン屋になるならとことんやろうと、フランスでパンばっかり1日3食。当時関西のパンは全部食べつくしたから、パンの本場に行って食べてみたいと思ったんです。フランスのパンは素晴らしかった!その土地で取れた小麦粉、空気、水、湿度...。全てがパンのためにあるような。パンが生まれるだけのことはある、本場はやっぱり違うなと思いました。それと同時に、じゃあ日本で本当にパンをすることが環境や気候にあっているのか疑問を感じました。それくらいフランスが素晴らしかったです。
 

 そんな鮎美さんが蕎麦の道に入るきっかけは?

(鮎美さん)

フランスから帰って、父のお弟子さんが一所懸命に蕎麦を打っているところを見て。その人は私と年も近くて蕎麦作りに熱い人、才能のある人でした。そんな姿を見て「私もやってみよう」、と。日本で3年蕎麦屋をしました。

(文武さん)

そのころは関西ではほとんど蕎麦なんかなくて、みんなうどんでした。せいぜい「うどん・蕎麦の店」があるくらい。蕎麦屋専門店がなかったです。鮎美が女性で蕎麦屋を始めたから、より珍しかったんでしょう。色々な人がこの子の大阪の店に来てくれて蕎麦を食べてくれました。

roan06.jpg(鮎美さん)

そのうちに「ぜひフランスで蕎麦を打ってみたい!」と思うようになりました。当時、現地のフランス料理レストランで蕎麦が出されて、いっしょに柚子やワサビ、醤油も注目されていたんです。フランスに行きたい、呼んでほしい、一度食べてほしい、とフランスの2つ星レストランのオーナー、パトリック・ゴチエさんに大阪まで蕎麦を食べに来てもらいました。そしたら「いいよ、おいで」と言われて現地フランスへ行き、住み込みで働きました。でも...いつまで経っても蕎麦がレストランのメニューに載ることがなかったんです。どうしてだろう?と。聞いてみるとショックなことを言われました。「大阪で食べた君の蕎麦と今のものは違う。食べる時に泡が立つ。それが気持ち悪い。このままではメニューにできない」。日本の蕎麦粉ではならないのに、フランス産のものだと泡がたってしまう。ゴチエさんは「日本で食べた蕎麦と違う」と言いました。実はソバは日本特有のものではなくて、もともとフランスにもソバはあるんです。でも食べ方が違う。ブルターニュ地方で蕎麦がきをペッちゃんこにして焼いたクレープみたいにして食べる文化がある。クレープになると美味しいのに、蕎麦になるとダメ。やっぱり日本のそば粉は日本の環境でこそ美味しい。それで日本に帰ってきて、今に至る、です。
 

 フランスの風土にパンが合うように、篠山の風土で蕎麦をつくる。そんなお仕事を家族でしている松田さんですが、ここで開業することは街でするのは違うでしょうね?

roan07.jpg(文武さん)

そうですね、例えば自分がこの土地を買うたからここは自分のモンや、ではダメですね。それからお金儲けするなら断然都会でやった方がいい。ここでは違う裕福さを求めている人でないと生活するのは難しいかもしれないです。「今日はお客さんがなかったなあ、でも山が一日見れてよかったなあ」。そんな心でおります。

(敬子さん)

それに、ここにいらっしゃるお客様も違いますね。

(文武さん)

そう!例えば大阪だったら、店の扉をガラガラっと開けてのれんをくぐりながら「ビールちょうだい!」と言われるでしょう。都会のお客様はとにかく「早く」。でもここはそんなテンポじゃない。席に座ってゆっくり景色を見たり、店の人と会話を楽しんで、それから注文...ゆっくり時間を楽しむところです。でも篠山は食べ物以外にいろいろなものを「味わいながら」お客様に時間を過ごしてもらえます。
 

 松田さんのお店に来店して、篠山暮らしに憧れる人も多いと思います。これから移住したい、開業したいと思う方にメッセージをお願いします。

(敬子さん)

都会にいるときよりスローダウン、スローテンポ。ゆるい感じにすること。秒単位でなく自然と向き合っているのだから四季を楽しむ、そういうスイッチに切り替えることだと思います。

(鮎美さん)

せかせかしていても篠山の良さは分かりませんね。

(文武さん)

例えば、草引き。集落のお年寄りがゆっくりゆっくり作業している姿は止まっているように見える、スローモーションです。でも1日8時間コツコツやって僕らの何倍も仕事をされます。言うなら僕らはパワー・瞬発力があるけど持久力がない。1時間でやって疲れがどっと出る、みたいな。集落の方は少しづつ時間をかけて何倍も作業しながら、かつ翌日疲れなしですよ。すごい。

(敬子さん)

同じ篠山でも町に住んだらまた違うかも知れません。ここにいると人間が自然の中の一部だと感じます。畑を鹿にやられたと言うより、私たちが鹿の中に入ってきているようなもんですから。

(慎之介さん)

僕が思う篠山の好きなところは、お客様がお帰りになったあと。忙しいのが終わって雑木林や田んぼを見てぼうーっとするのが好きです。でもあまりゆっくりしていると姉に怒られますが(笑)、13年間いて今もそう思います。夜も車から帰って来て、いつも星を見ています。集落には灯りがほとんどないし、空中にゴミがないきれいいな空気なのでとてもきれいです。それで深呼吸するのが何とも言えない、好きですね。
 

roan05.jpg(文武さん)

篠山には、都会にはない発見があります。1回住んでみたら生き方が変わるかも。都会ではお金をかせぐ若夫婦が一番エライ人。年寄りの言うことは「知らん!」という感じでしょ。田舎では村の長老が一番。みなさんが上に人を大切にしています。何かものごとを決める時に若い人に言った方が早いと思うことがあるかもしれませんが、若い人自身が「それは上の人に聞いてください」答える。上の方を大切にするところです。篠山に興味があったら、まず篠山に来てみてください。

 

 

ろあん松田
http://maruyama-v.jp/food/roan/
≪定休日≫火曜日
≪ご予約≫079-552-7755
≪住所≫〒669-2361篠山市丸山154番地

 

 

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