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活動報告

武家屋敷をカフェ利用

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静かな佇まいの武家屋敷。篠山城の南掘に、中国茶のお店があります。店主、柴田さんに篠山の魅力についてお話を伺いました。

 お店を開く場所として篠山を選んだ理由を教えて下さい。

IMG_7069.jpg私は篠山生まれ、篠山育ちです。両親が40年前(昭和37年)に篠山に惚れこんで移り住んできました。生まれた時から親に篠山の良さを聞いて育ちました。ですから「何かするなら篠山が楽しくなるようなことをしたい」、「友達や知り合いが楽しんでくれるようなことを篠山で」と、ずっと思い続けていました。ここ篠山で生まれ育って、よくここのことを知っています。どこに行っても「篠山」を恥じたことがありません。むしろいつも誇りに思っています。篠山の話を色々な人にするけれど、みなさんの反応がよい。そんなとき、「一度遊びに来てね!」そうお誘いして、実際に友人が来た時、私なら自宅に招いてご飯、そして篠山の自然をご案内することができます。でもよそから来た一般の人は行くところがない。篠山に知り合いのいない人にも同じようにお食事を楽しんでもらえたら、そんな思いでお店を始めたいと思いました。

 柴田さんはずっと篠山で暮らして来られたのですか?学生時代は?

IMG_7011.jpg私は同級生よりも早く、高校から親元を離れて神奈川県へ進学して寄宿舎に入りました。寄宿舎で「暮らし」の基礎を身につけたと思います。篠山の家では、朝起きてみんなでご飯を食べ、父は陶芸家でしたので粘土は父の仕事、隣の工房で焼き物を焼く。私達は草引きをし、落ち葉を掃いたり、掃除をしたり...柴田家はみんなで仕事をしました。そんな家で育ったので、ある程度の生活力はあったと思います。でもそれは親が用意してくれた生活でした。寄宿舎では親がいない。同世代ばかりの生活の場ですので甘えがでる。これまで篠山で両親と一緒に生活して来て、私の中で芽生えたことを、実体験として身につけたと思います。当番制で朝5時に起き、毎日15人分のお弁当を作ります。みんなは6時に起床、夕方5時には帰り夕ご飯も順番で作ります。「しんどい」と言えばなんとかなるのが実家。高校に行って、それができないところで生活を実践できました。頭で学ぶのではなく、「型」を身につけました。自分は掃除ができていると思ってもできていない、それを教えてもらい吸収していく。食事の用意も50人分、100人分でも作れるようになる。卒業するころには1人前になれました。いま日本は核家族で「暮らし」が消えていっていると思います。お父さんは休みの日も仕事、家ではお母さんと子どもの濃密な関係しかない。そんな中で寄宿舎生活ができたことは私にとって貴重なことでした。

 幼い時から「暮らし」を大切にしてこられた柴田さんが中国茶の店・岩茶房をしようと思ったきっかけは?

高校時代の寄宿舎生活で料理の実践力もありましたし、美味しくて安全な食事を意識して摂っていたこともあり、マクロビオティックのレストランをしようと思いました。私は特にイタリアンやフレンチの勉強はしていません。でも生活の中で食べ物を大切に思ってきて、篠山に生まれて食材の魅力も分かっているので、篠山でならできるのではないか。気持ちよい時間といい「もの」を提供しながら、おもてなしをする。篠山だからできる、そして生まれ育った私がするべきことだな、と思いました。大学に入るまでは、英語が好きだったのでそれを生かし、空を飛ぶ仕事に就こうと思っていました。...でもそれは私だけの小さな思い。まだそのころは自分が何をするべきか分かっていませんでした。人にはそれぞれ役目があるのだと思います。篠山で育ってきたこと、高校の寄宿舎で身につけたこと、そしてやりたいこと。すべてがつながって大きな流れで導かれているような感じがしています。岩茶房をしようと思ったのも、自分で岩茶を選んだわけではありません。関東で出会いがあり...。私はここ篠山で、体にいい食べ物そして本格的な岩茶を「暮らし」の中で楽しんでもらう役目を「させていただいている」、そのようになっていたという感じです。岩茶は作法など難しそうと思われがちですが、ここでは生活の中で使える実用性のある器で、美味しく飲んでもらえるように、そして本格的な質の高いものを最大限提供できるように心がけています。

 柴田さんのお店は江戸時代の武家屋敷を改修した建物ですね。長い間、空き家になっていて、地元NPO町なみ屋なみ研究所が市民ボランティアと一緒に再生したと聞きました。この建物をお店にするとき、大切にしたこと・エピソードがあれば教えて下さい。

IMG_7013.jpg平成21年、今のこの物件を初めてみました。一緒に見た人が「この建物、難しいよ...。」と言った時、「本当にそうかな?」と思ったのを覚えています。確かに痛みはひどいので改修は難しいと思いました。けれど人が集うコミュニティースペースなら実現可能なんじゃないかと思いました。このままではもったいないなあ、と。こんないい場所で素晴らしい建物が閉じられている、人が出入りして家が喜ぶ状態にしたい、そう思いました。この建物を開けることが篠山のためにいいことだ、と。「まず玄関を開けよう!」そう思いました。NPOが改修をした後は床もなく、壁も部分的に塗っているだけで建具も揃っていませんでしたがそれが逆に良かったと思います。無駄に改修しすぎていなかったので、むしろ建物の良さが引き立っていて、建付けのものにジャマされることなく色々選びやすかった。建築の完成度よりも生活に根差して必要なものが必要なところに収まればそれが一番いいと思います。デザインするのはまた違って、なるべくシンプルに、それだけを心がけました。新たにつくらなければならなかった扉などは、宮大工さんの伝統的な技術のお陰でシンプルな仕上がりになりました。

 オープン前は家族総出で作業されたと聞きましたが、みなさんで準備されたのですか。

はい!壁は自分たちで塗りました。昔の壁は下地もボロボロになっていました。全部外すと費用がかかるので、左官屋さんに相談しました。「私がやるので教えてください」。色のヒントをもらい、本当なら仕上げ塗りが要るところを最低限で整えるだけにしました。

それが逆に風合いがあり良かったです。自分のできる範囲で完成形を求めずにやりました。みなさんに「自然な仕上がり(笑)だ」と言われます。手間ひまはずいぶんかけているんですよ!でもさりげなくてみんな気づきません。少し悔しい(笑)

 篠山では、お店同士の関係性はどのような感じですか。

IMG_7254.jpg正式にオープンする1か月前に「ササヤマルシェ」というイベントがありました。メイン会場からだいぶん離れていたのですが一出店者として参加しました。お店の改装に追われて忙しくほとんど広報できない中、黙ってオープンしたようなものでした。でも初日からお客様がお越しくださったんです。いまの篠山にはお店同士がお客様を紹介し合って篠山を楽しんでもらおうという雰囲気、仲間がいますね。「自分だけでどうにかしないと...」とか、「冬場のお客様、来てくださるかしら?」など不安を感じること、孤独感って、本当につらいと思いますが、一人じゃない、みんなでつくっている感じがあります。例えば、来店いただいたお客様にお互い他のお店を勧める、そうすることで自分の店だけでみると1人のお客様ですが、もう2つお店を紹介できたら篠山全体で3か所のお客様になる。篠山にお見えになる方は電車や車を使って、お金も時間もかけて来て下さっているわけですから、せっかく来ていただいたからには楽しんで帰っていただきたい。そういう同じ思いの仲間がいます。



 最後にこれから「篠山暮らし」を始めたい人にメッセージを。

IMG_7052.jpgいま「やりたい」と思っていることが何を優先してでもやりたいことなのか、「本当の思い」かどうかを自分で認識することで物事は動いていくと思います。「やりたい」「したい」というだけでは何も動かないと思います。「今はこれがあるからできない」ということなら、その原因のほうが自分にとってのやりたいこと、「本当の思い」なんだと思います。無理して動かなくてもいいと思うんです。困難なことにぶつかったとき立ち返る場所があるか。自分の「思い」の通りに動いていたら、他の人から見たら大変そうなことも、意外と困難なことだとは気づかずに乗り越えて行ってるような気がします。篠山は、確かな「思い」には応えてくれる土壌があるので安心して来てください。

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